世間では一般的に「FIREを目標にすることは間違っている」といった認識を持つ人が多い気がします。
なんとなく「それらしい」主張ですが、僕はそれに違和感を持っています。
今日はその違和感を綴ります。
FIREにある2つのルート
そもそもFIREを目標にするという括り方が大雑把すぎるので「FIREを目標とする」を2つのアプローチ(ルート)で分けてみました。
その2ルートとは、
・「目標=RE」とするルート
→早期リタイアを主たる目標とする
・「目標=FI」とするルート、
→経済的に困らない状態を主たる目標とする
です。
どちらもFIREが目標ですが、それぞれの目標の定め方(目標感)に違いがあります。
目標感の違い
2つのルートでの目標感の違いですが、
・「目標=RE」のルートでFIREを目指す人の多くは「会社のストレスから逃れたい」などの状態を得ることに目標を置いていて、
・「目標=FI」のルートの人は「経済的不安や心配から逃れたい」という状態となることを目標にしている、
という違いです。
それらは「動機の違い」や「方向性の違い」なわけで、どちらもなんら非難されるものではないと思っています。
ですが世の中にいる「仕事が全て」と仕事に絶対的価値を置く人は「会社のストレスから逃れようとするなんて間違った生き方だ」と、早期リタイアを目標とする価値観を否定したりします。
僕自身は、仕事には良さもあるし、事実、そこそこ好きだった部分もありますが、だからといって仕事が人生の全てだなんて思いません。何を選ぶかは個人の自由だと思います。
新たな視点を与えてくれる建設的批判は良いのですが、他人の選択を度を超えて否定するのは行き過ぎだと違和感を感じます。
類似点
今度は、この2つのルート(①目標=RE、②目標=FI)の類似点を取り上げます。
それは「解放」です。
仕事からの解放も、経済的な不安や老後問題からの解放も、対象が違うだけで、どちらも「お金を貯めて制約や脅威から逃れて自己解放する」というのが類似点です。
そのやり方として節約、投資、資産運用など「資産形成」に取り組むわけです。
もちろんここでもやり方の違い(節約に力点置くのか・・云々)はありますが、お金はお金であって「仕事で稼いで投資をすることだけが正解」でもありません。
世間は「仕事を辞めたいがために節約までして後ろ向き」とか「逃げずに働くべき」といった批判もあります。
意見として提起するのは良いのですが「仕事をしないために節約する生き方はダメだ」と、立場や状況を無視して一方的に決めつけて否定するのは、かなり浅はかだと思います。
せめて相手の立場や考えを理解し、認めたうえでの建設的批判であって欲しいものです。
終わりに
「FIREを目標にすることは間違っている」といった世論に僕が違和感があるのは、その根源に「価値観の押し付け」や「浅はかな批判」が多いからだと感じました。
「目標=RE」なり「目標=FI」なり、どちらも幸せなる生き方を得るために早期リタイアなり経済的自立なりをまずはめざしているわけです。
その達成結果、本人が「幸せだ」と言うのなら、それが真実で、ならば他者があれこれ否定するより、何がどう幸せかを理解するほうが建設的です。
ストレスや不安から解消されて初めてみえてくるものもありますし、そもそも人生なんて最初から「何が自分に良くて正しいか」なんてわかりっこありません。
なので、REなりFIなりを達成してから次の人生の目標や居心地良い生き方を探ることの、いったいどこが悪いのか?と、不思議に思ってしまう次第です。
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