野村総合研究所(NRI)の「富裕層ピラミッド」に関連付けして「貯蓄1億円(=富裕層以上)を達成してFIREするぞ!」といったような目標設定をされる方もいると思います。
ご存じの通り、この富裕層ピラミッドは「保有資産額」に応じて5段階(超富裕層・富裕層・準富裕層・アッパーマス層・マス層)に分けています。
とても明快なベンチマークで使いやすいのですが、一方でミスリードとなる問題点に留意することも必要です。
今日はそんな保有資産額に基づく分類の注意点を2つ指摘したいと思います。
(出典:野村総合研究所、日本の富裕層は149万世帯、その純金融資産総額は364兆円と推計)より)ミスリードとなる2点
このピラミッドの留意点は2つあります。それは、
①富裕層や超富裕層はもっと多い
②インフレによって貨幣価値が落ちる分を想定していない
という点です。
それぞれ具体的にみていきます。
富裕層や超富裕層はもっと多い
この統計データからは、超富裕層(5億円以上)と富裕層(1億円以上)は合わせて約149万世帯、2.8%となっています。
ですが実際には富裕層・超富裕層といえる資産家の世帯数はもっと多いはずです。
なぜなら同社が指標とするのが「純金融資産保有額」で、この定義に基づくと「実態的には富裕層・超富裕層に該当する”実物資産に富んだ資産家”が締め出される」からです。
純金融資産の定義
同社による「純金融資産」の定義は、
預貯金、株式、債券、投資信託、一時払い生命保険や年金保険など、世帯として保有する金融資産の合計額から不動産購入に伴う借入などの負債を差し引いた「純金融資産保有額」を基に、総世帯を5つの階層に分類し、各々の世帯数と資産保有額を推計しました。
と記載があります。
つまり、医者、士業、経営者、給与の高いサラリーマン等の富裕層・超富裕層に該当している人が住宅ローンでマイホームを持ったり、絵画やワインなどの現物投資を積極的に進めると、富裕層・超富裕層から簡単に陥落するかもしれません。
なぜなら同社の定義では「借入金」を差し引き、実物資産(不動産や絵画、骨とう品等)の評価額は含めないからです。
具体的ケース
次の通り具体的ケースを想定してみます。
(プロファイル)
・職業:医者
・貯金額:1億円
*購入前までは「富裕層」
(投資イベント)
・都内一等地のタワーマンション(1億円)を住宅ローンを使って購入した
・頭金2000万円を支払った(8000万円が住宅ローンによる借入金)
すると以下の通りになります。
【購入前】
純金融資産=貯金1億円=富裕層
【購入後】
純金融資産=0円=マス層底辺
(試算;購入後の資産)
・貯金8000万円(2000万円の頭金に使ったから)
・借入金8000万円(住宅ローン)
・実物資産=1億円(*購入時の価格の資産価値とする)
→すると、純金融資産=0円=マス層の一番下
*預金8000万円-借入金8000万円=0円だから
この通り、タワーマンション(億ション)を所有して現預金が8000万円ありながらも、このピラミッドではマス層の一番下に位置することになります。
とてもマス層とみなすにはおかしいですがそうなるのです。
なおこの場合、資産勘定としてBS(バランスシート)を使えば総資産2億円、純資産1億円、金融資産8000万円となり、この中の「純資産」がより「資産の実力」として相応しいわけです。
この点を記事にしたのはこちらです。
インフレによって貨幣価値が落ちる分を想定していない
野村総研は2005年から基準を変えずにこの定義で統一して運用しています。
定点観測をすることで富裕層等の区分ごとの比率や増加率をみているためです。
ですが昨今、これまでになかったインフレによって貨幣価値が落ちる傾向にあります。
今は純金融資産が1億円あると「富裕層」としていますが、例えば10年後までインフレ3%がずっと続いていくと、その1億円は現在価値にすると7000万円強となります。
よって同じ「富裕層」と呼びながらも購買力は今の7掛けとなるわけです。
同一指標での推移を毎年トラッキングすることに意味があるとはいえ、インフレをどう統計に反映させるかはきっと悩ましい問題だとは思います。
いずれにしてもインフレでは富裕層・超富裕層などの基準値を変えずに一定して統計を運用するといびつになっていきます。
注意点
以上、富裕層ピラミッドは明快な区分けですし「資産形成の目標」とするには有意義なものです。
ただ、この区分けを信じ「1億円あるから富裕層だ」としても10年後の達成時点では現在価値の7割程度の購買力しかないかもしれません。
あるいはインフレの昨今、「富裕層から外れたくない」とこだわって金融資産を実物資産に移さず固執し続けると最適な資産運用や形成に支障があるかもしれません。
こうしたリスクを留意しながら使うことではじめて意味があるデータになると思います。
終わりに
この調査は、野村総合研究所の金融コンサルティング部主幹なので、彼らとしてもクライアント企業向けデータとして活用したい思惑はあります。
クライアント企業が「富裕層をターゲット」とする際に、富裕層が「実物資産ばかりで現金が無い」となっては、クライアント企業には美味しい顧客にはなりません。
つまりは、クライアント企業の視点では「金融商品を買ってくれる人たち=おいしい顧客=現預金や流動性資産が豊富にある人=純金融資産の多い人」なわけで、野村総研としてはその定義は外せない事情もあると思います。
富裕層ピラミッドは目標感として上手に使いつつ、自分なりの金融資産や現物資産の活用戦略を持って惑わされないことが良いと思います。
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