12月に入ると街中ではサラリーマンがカレンダーを持って挨拶周りをしている風景を見るようになります。
そうした風景をみていたら、ふと、FIRE民となってからは12月のオフィスの一角を占拠していた「カレンダーの山」はもう数年見ていないことを思い出しました。
同時に、サラリーマンの頃の習慣であった、年末、自宅にカレンダーを持ち帰って置くようなこともなくなったことも思い出します。
ということで今日は年末のサラリーマン時代のお供であるカレンダーについて頭に浮かんだことを(平成時代はかなりヤバいカレンダーがあったことも)綴りたいと思います。
自宅にカレンダーは必要か?
12月には恒例の「オフィスにあったカレンダーの山」という存在はずっと忘れていましたし、サラリーマンを辞めてからはカレンダーを自宅に飾ることも無くなったと気が付きました。
カレンダーを自宅に飾るといっても、僕の場合、会社の仕事納めで取引先から頂いたカレンダーを手分けして持ち帰ることに協力し、卓上カレンダーだけ自宅のトイレに置いていた程度です。
なにしろ仕事はオンラインのスケジューラーに記述しますし、個人の予定はスマホに記載するので「自宅のカレンダーに書き込む」なんて習慣はありません。
ご家庭をお持ちの方は自宅カレンダーに各自が予定を記載してシェアするのかもしれませんが、独身生活では必要もありませんからね。
人気絶大のカレンダー(旧時代)とは?
ただ、かなり昔にさかのぼるとオフィスで大人気のカレンダーがあり、ジャンケンで勝者が持ち帰れる、そんなものが幾つかありました。
例えば某航空会社が自社ブランドを広めるために制作した「フライトアテンダントの制服姿」とか、某旅行代理店(あるいは広告代理店?)の「世界の美女シリーズ」、あるいは某自動車メーカーの「レースクイーン」などですね。
今の時代では「ハラスメント」で制作すらされないでしょうし、時代は変わりましたからね・・。
そういえば子供の頃は驚いたカレンダーがありました。365日カレンダー(毎日めくるもの)でなぜかその日の「天気」が記されているのです。
子供ながら天気は日付によって決まってるのか!と誤解するような類いのもので、めくってるうちにハズレが多いことに気が付き「いい加減な大人社会だ」と思ったこともありました。
カレンダーは怖い
ですがそうしたカレンダーも大人になると使い方が変わります。
例えば僕が初めて訪れる親戚だとか友人宅などでも、ちょっとカレンダーはチェックしてしまいます。
やはり田舎で事業をしている人に多いのは地場の地方銀行のカレンダーだったりします。
あるいは農協といった団体だったりなどからもどういった関係の仕事をしているのかも想像できますしね。
それがスポーツ選手や花の関係、動物(猫とか犬)ということから趣味も想像できます。
よく国税も調査に入るとカレンダーをチェックしますから、こうした何気ない置物も情報源になってしまうのですよね。。。
FIRE後のカレンダー
そうしたなかでFIRE後の生活ではカレンダーを置いても良いかなと思う時があります。
なぜならサラリーマンの頃とは違って「曜日がわからなくなる」からです。
これはボケが始まったとかではなく、本当に、アルアルなのです。
もちろんスマホを見れば一発ですが、スマホでカレンダーを開く手間もあるので、やはり自分のデスクの視界から入るどこかにちょっとお洒落な(??)カレンダーがあれば、そうした曜日感覚を補って(心の隙間も補って?)良いのかもしれません。
終わりに
以上、やはりサラリーマンを辞めると12月のオフィスの一角を占拠していた「カレンダーの山」を見ることがありませんし、カレンダーを持ち帰って自宅に飾ることもありません。
リゾート旅行に行く人がときに部屋のこだわりとして「テレビがないこと」を重視されることもあるので、FIRE民としては「カレンダーを置かないこと」を特権として曜日も忘却するのも良いのかもしれません。
もはや美女シリーズのカレンダーは世から衰退したいまはカレンダーへの憧れもこだわりもありませんから・・。。
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